第8代365体育网投 今井 康之
今回の話題「網(ネット)で掬えないもの」
2024年のノーベル生理学?医学賞は、生物学的な機能がある分子として、これまで研究者が掬い上げることがなかった、短いRNA(マイクロRNA)の発見が対象でした。
生物の遺伝子はDNAから出来ており、DNAに保存された情報がメッセンジャーRNA (mRNA)に写しとられ(転写)、さらにタンパク質のアミノ酸配列に変換(翻訳)されて、様々なタンパク質として機能が発揮されるというコンセンサスが支配的でした。これは大筋で正しいですが、今から40年前に開始された研究が、誰も予想していなかった全く新しい生理機能として、小さなRNA分子の生物学的な役割を解明していきました。
米国のマサチューセッツ工科大学の同じ研究室でポスドクをしていたビクター?アンブロス博士(現在マサチューセッツ大学医学校)とゲイリー?ラブカン博士(現在ハーバート大学医学校)は、実験材料として原生動物の線虫を用いた研究をしていました。線虫に突然変異を起こさせる研究の過程で、lin-4という遺伝子がlin-14という別の遺伝子の発現(タンパク質ができること)を妨害しているように見えることに気づきました。
その後彼らは独立して研究室を立ち上げ、それぞれ研究を継続していきました。アンブロス博士がlin-4の遺伝子を担当し、ラブカン博士がlin-14です。その結果、lin-4からはタンパク質ができず、そのかわり大変短い(22塩基)RNAができること、lin-14からはタンパク質ができることが分かってきました。さらに、二人が協力して研究をすすめた結果、(1) lin-4がつくる短いRNAが、lin-14のmRNAに相補的に結合すること、(2) その結果遺伝子lin-14の情報を表現したタンパク質の合成が妨害されることが分かりました。22塩基という短い配列の情報が、別のタンパク質を指定する遺伝子の発現を正確に制御するという驚くべき結果です。この結果は、1993年に2つの論文として、分子生物学の有名なジャーナルであるCellに並んで発表されています。
しかし、この成果が7年間注目されることはありませんでした。それは、この現象が線虫という特殊な生物に限られると思われていたからでしょう。転機は2000年ごろです。そのころヒトゲノム計画(ヒト遺伝子の全体像を把握する計画)が進行していました。ラブカン博士が第2のマイクロRNAをつくる遺伝子let-7を発表し、これに相当する遺伝子がヒトを含む多くの動物に存在することを見出したからです。また、マウスでマイクロRNAに変異を導入すると、正常な発生が妨げられることも分かってきました。ヒトでは、現在600種類ほどのマイクロRNAが知られています。また、生物界全体では、何万ものマイクロRNAが発見され、生物の発生や病気への関わりが分かってきました。
実は、RNAによって遺伝子の働きが妨害されるRNA干渉 (RNAi) という現象が発見されており、2006年にノーベル生理学?医学賞が贈られています。マイクロRNAも遺伝子の働きを調節する因子として新しい種類といえます。イギリスのケンブリッジ大学のRNA研究者は、「遺伝子に対する我々の篩(ふるい)の目が粗すぎた」と言っていますが、むしろ「網(ネット)」と言っても良いかも知れません。
この研究をなしとげたラブカン博士は、研究における好奇心の役割を強調しています。「自分たちは、この研究でノーベル賞をとるとは考えていなかった。この研究が本当に面白いと考えていた」と言っています。ノーベル賞の選考委員の一人も、「好奇心に導かれた研究が大変重要」と言っています。分子生物学者の福岡伸一教授は、1990年にハーバード大学でポスドクをされていたそうです。そのとき、ラブカン博士に直接会って、話をしたそうです。当時のラブカン博士は、「ぼそぼそと話す、地味でさえない印象」だったそうです。新聞の取材に答えて、「大発見の萌芽がどこにあるのかは分からないので、『選択と集中』では将来の大発見につながる小発見を見逃すのでは」と警鐘をならしています。同感です。
ラブカン博士も、とくに研究の初期段階では、外からは見えにくい、様々な難問や困難に直面して、それを克服していったことでしょう。学生のみなさんについても、自分の課題や困難と向き合って克服することが、もしかするとノーベル賞への道につながっているのかもしれません。
2025年1月23日
生物の遺伝子はDNAから出来ており、DNAに保存された情報がメッセンジャーRNA (mRNA)に写しとられ(転写)、さらにタンパク質のアミノ酸配列に変換(翻訳)されて、様々なタンパク質として機能が発揮されるというコンセンサスが支配的でした。これは大筋で正しいですが、今から40年前に開始された研究が、誰も予想していなかった全く新しい生理機能として、小さなRNA分子の生物学的な役割を解明していきました。
米国のマサチューセッツ工科大学の同じ研究室でポスドクをしていたビクター?アンブロス博士(現在マサチューセッツ大学医学校)とゲイリー?ラブカン博士(現在ハーバート大学医学校)は、実験材料として原生動物の線虫を用いた研究をしていました。線虫に突然変異を起こさせる研究の過程で、lin-4という遺伝子がlin-14という別の遺伝子の発現(タンパク質ができること)を妨害しているように見えることに気づきました。
その後彼らは独立して研究室を立ち上げ、それぞれ研究を継続していきました。アンブロス博士がlin-4の遺伝子を担当し、ラブカン博士がlin-14です。その結果、lin-4からはタンパク質ができず、そのかわり大変短い(22塩基)RNAができること、lin-14からはタンパク質ができることが分かってきました。さらに、二人が協力して研究をすすめた結果、(1) lin-4がつくる短いRNAが、lin-14のmRNAに相補的に結合すること、(2) その結果遺伝子lin-14の情報を表現したタンパク質の合成が妨害されることが分かりました。22塩基という短い配列の情報が、別のタンパク質を指定する遺伝子の発現を正確に制御するという驚くべき結果です。この結果は、1993年に2つの論文として、分子生物学の有名なジャーナルであるCellに並んで発表されています。
しかし、この成果が7年間注目されることはありませんでした。それは、この現象が線虫という特殊な生物に限られると思われていたからでしょう。転機は2000年ごろです。そのころヒトゲノム計画(ヒト遺伝子の全体像を把握する計画)が進行していました。ラブカン博士が第2のマイクロRNAをつくる遺伝子let-7を発表し、これに相当する遺伝子がヒトを含む多くの動物に存在することを見出したからです。また、マウスでマイクロRNAに変異を導入すると、正常な発生が妨げられることも分かってきました。ヒトでは、現在600種類ほどのマイクロRNAが知られています。また、生物界全体では、何万ものマイクロRNAが発見され、生物の発生や病気への関わりが分かってきました。
実は、RNAによって遺伝子の働きが妨害されるRNA干渉 (RNAi) という現象が発見されており、2006年にノーベル生理学?医学賞が贈られています。マイクロRNAも遺伝子の働きを調節する因子として新しい種類といえます。イギリスのケンブリッジ大学のRNA研究者は、「遺伝子に対する我々の篩(ふるい)の目が粗すぎた」と言っていますが、むしろ「網(ネット)」と言っても良いかも知れません。
この研究をなしとげたラブカン博士は、研究における好奇心の役割を強調しています。「自分たちは、この研究でノーベル賞をとるとは考えていなかった。この研究が本当に面白いと考えていた」と言っています。ノーベル賞の選考委員の一人も、「好奇心に導かれた研究が大変重要」と言っています。分子生物学者の福岡伸一教授は、1990年にハーバード大学でポスドクをされていたそうです。そのとき、ラブカン博士に直接会って、話をしたそうです。当時のラブカン博士は、「ぼそぼそと話す、地味でさえない印象」だったそうです。新聞の取材に答えて、「大発見の萌芽がどこにあるのかは分からないので、『選択と集中』では将来の大発見につながる小発見を見逃すのでは」と警鐘をならしています。同感です。
ラブカン博士も、とくに研究の初期段階では、外からは見えにくい、様々な難問や困難に直面して、それを克服していったことでしょう。学生のみなさんについても、自分の課題や困難と向き合って克服することが、もしかするとノーベル賞への道につながっているのかもしれません。
2025年1月23日
第2回「名前にご用心」
今年のノーベル化学賞は、物理学賞と同様に、AI(人工知能)の研究に対してでした。研究の基礎を築いた物理学賞とは対照的に、こちらは実用的な意味で先端的な研究が対象です。
タンパク質は、アミノ酸がひも状につながって出来ています。いわばリボンのようです。アミノ酸は20種類あるので、アミノ酸の並び方に対応して、タンパク質の種類は膨大になります。身体の中ではタンパク質は水に溶けており、水のなかでリボンがどのように折り畳まれて立体構造をとっているのか、アミノ酸配列からは直ちに予測できません。立体構造の特定には、タンパク質の結晶を作ってX線を照射して調べるか、タンパク質を氷の中に閉じ込めて電子顕微鏡を使う方法があります。いずれも多くの実験量と時間が必要です。多くの研究者の長年の努力によって、アミノ酸配列に紐づいた立体構造のデータが蓄積され、データベースとして公開されてきました。
このデータをもとに、ニューラルネットワークを使ったAIによって、アミノ酸配列からタンパク質の立体構造を予測できるようにしたのが、「AlphaFold(アルファフォールド)」というAIツールです。この“Fold”というのは折りたたみという意味です。つまり、物理的な理屈はさておき、具体例(アミノ酸配列と立体構造を対応させたデータ)を機械学習させ、その学習成果から立体構造を予測させる戦略です。これを開発したのがジョン?M?ジャンパー博士とデミス?ハサビス博士で、イギリスのロンドンにあるGoogle DeepMind(グーグル ディープマインド)の研究者です。
彼らは、もともと将棋や囲碁で、世界トップ棋士を破った「AlphaZero(アルファゼロ)」や「AlphaGo(アルファ碁)」の研究をしてきました。ただ、将棋や囲碁では、世界が将棋盤や碁盤の中(将棋盤で81マスしかない)に限られていて、広い世界である水中のタンパク質とは前提が違います。おそらく、使っているAIの原理も全く異なっていると想像できますが、専門家はAIに色々な種類があることを明言しようとはしません。多分、同じ“Alpha”が頭についていても、AlphaFoldとAlphaGoは、全く別物だろうと想像しています。Alphaは会社のブランド名なのではないでしょうか。
ところで、もう一人の化学賞受賞者のデイヴィッド?ベイカー教授は、アメリカのシアトルにあるワシントン大学の研究者です。この方は、「RoseTTAFold(ロゼッタフォールド)」というプログラムツールでタンパク質の立体構造の特定に挑戦していました。話によると、RoseTTAFoldではAlphaFoldには敵わなかったため、逆の問題に挑戦しだしたとのことです。つまり、ある構造を持ったタンパク質のアミノ酸配列を予測するという問題です。彼は、実在するタンパク質の立体構造の一部(例えばαヘリックス)と、その部分のアミノ酸配列とを対応させて機械学習させ、ある立体構造に折り畳むことが出来るアミノ酸配列を同定してきました。そこでまず立体構造を指定し、その立体構造を構築できるアミノ酸配列を出力させたところ、93個のアミノ酸からなる配列が得られました。これは、タンパク質として自然界では知られていないアミノ酸配列でした。このアミノ酸配列が含まれるように遺伝子DNAを合成し、細菌に組換えタンパク質として作らせました。タンパク質の立体構造をX線結晶解析で調べたところ、93個のアミノ酸配列からなる部分が、はじめに指定した立体構造をとっていることが分かりました。つまり、タンパク質の立体構造を目標に、アミノ酸配列の形でデザインできることを示しています。
この成果を延長すると、ある機能を持ったタンパク質をデザインできるようになることを意味します。例えば、人工的な酵素や、薬となるタンパク質が例として挙げられます。実際、365体育网投が細胞に侵入するために用いているスパイク分子の部分構造をもち、さらにナノ粒子を構築するタンパク質がデザインされ、生産されています。「SKYCovione(スカイコビワン)」というワクチンとしてイギリスと韓国で認可されました。
ただ、ハサビス氏も、AIのリスクについては課題があることを認めていて、新聞の取材に対し「AIには未知の部分も多い」とも言っています。
今後のAIの展開として、人間の思考能力である汎用的知能に相当する汎用人工知能(AGI: artificial general intelligence)が注目されています。この要件としては、「抽象的原理から論理的に具体例を説明できる」ことがあげられます。AlphaFoldの場合は、水溶液中のタンパク質内のアミノ酸残基同士や周囲の水分子との相互作用を計算して、物理法則に基づいて立体構造を予測したわけではありません。ただ、生物が進化の過程で達成した汎用的知能を、生物材料以外の材料を用いて達成できないということは、考えにくいという意見もあります。生理学?医学賞については、また次回。
2024年12月16日
タンパク質は、アミノ酸がひも状につながって出来ています。いわばリボンのようです。アミノ酸は20種類あるので、アミノ酸の並び方に対応して、タンパク質の種類は膨大になります。身体の中ではタンパク質は水に溶けており、水のなかでリボンがどのように折り畳まれて立体構造をとっているのか、アミノ酸配列からは直ちに予測できません。立体構造の特定には、タンパク質の結晶を作ってX線を照射して調べるか、タンパク質を氷の中に閉じ込めて電子顕微鏡を使う方法があります。いずれも多くの実験量と時間が必要です。多くの研究者の長年の努力によって、アミノ酸配列に紐づいた立体構造のデータが蓄積され、データベースとして公開されてきました。
このデータをもとに、ニューラルネットワークを使ったAIによって、アミノ酸配列からタンパク質の立体構造を予測できるようにしたのが、「AlphaFold(アルファフォールド)」というAIツールです。この“Fold”というのは折りたたみという意味です。つまり、物理的な理屈はさておき、具体例(アミノ酸配列と立体構造を対応させたデータ)を機械学習させ、その学習成果から立体構造を予測させる戦略です。これを開発したのがジョン?M?ジャンパー博士とデミス?ハサビス博士で、イギリスのロンドンにあるGoogle DeepMind(グーグル ディープマインド)の研究者です。
彼らは、もともと将棋や囲碁で、世界トップ棋士を破った「AlphaZero(アルファゼロ)」や「AlphaGo(アルファ碁)」の研究をしてきました。ただ、将棋や囲碁では、世界が将棋盤や碁盤の中(将棋盤で81マスしかない)に限られていて、広い世界である水中のタンパク質とは前提が違います。おそらく、使っているAIの原理も全く異なっていると想像できますが、専門家はAIに色々な種類があることを明言しようとはしません。多分、同じ“Alpha”が頭についていても、AlphaFoldとAlphaGoは、全く別物だろうと想像しています。Alphaは会社のブランド名なのではないでしょうか。
ところで、もう一人の化学賞受賞者のデイヴィッド?ベイカー教授は、アメリカのシアトルにあるワシントン大学の研究者です。この方は、「RoseTTAFold(ロゼッタフォールド)」というプログラムツールでタンパク質の立体構造の特定に挑戦していました。話によると、RoseTTAFoldではAlphaFoldには敵わなかったため、逆の問題に挑戦しだしたとのことです。つまり、ある構造を持ったタンパク質のアミノ酸配列を予測するという問題です。彼は、実在するタンパク質の立体構造の一部(例えばαヘリックス)と、その部分のアミノ酸配列とを対応させて機械学習させ、ある立体構造に折り畳むことが出来るアミノ酸配列を同定してきました。そこでまず立体構造を指定し、その立体構造を構築できるアミノ酸配列を出力させたところ、93個のアミノ酸からなる配列が得られました。これは、タンパク質として自然界では知られていないアミノ酸配列でした。このアミノ酸配列が含まれるように遺伝子DNAを合成し、細菌に組換えタンパク質として作らせました。タンパク質の立体構造をX線結晶解析で調べたところ、93個のアミノ酸配列からなる部分が、はじめに指定した立体構造をとっていることが分かりました。つまり、タンパク質の立体構造を目標に、アミノ酸配列の形でデザインできることを示しています。
この成果を延長すると、ある機能を持ったタンパク質をデザインできるようになることを意味します。例えば、人工的な酵素や、薬となるタンパク質が例として挙げられます。実際、365体育网投が細胞に侵入するために用いているスパイク分子の部分構造をもち、さらにナノ粒子を構築するタンパク質がデザインされ、生産されています。「SKYCovione(スカイコビワン)」というワクチンとしてイギリスと韓国で認可されました。
ただ、ハサビス氏も、AIのリスクについては課題があることを認めていて、新聞の取材に対し「AIには未知の部分も多い」とも言っています。
今後のAIの展開として、人間の思考能力である汎用的知能に相当する汎用人工知能(AGI: artificial general intelligence)が注目されています。この要件としては、「抽象的原理から論理的に具体例を説明できる」ことがあげられます。AlphaFoldの場合は、水溶液中のタンパク質内のアミノ酸残基同士や周囲の水分子との相互作用を計算して、物理法則に基づいて立体構造を予測したわけではありません。ただ、生物が進化の過程で達成した汎用的知能を、生物材料以外の材料を用いて達成できないということは、考えにくいという意見もあります。生理学?医学賞については、また次回。
2024年12月16日
第1回「人間の好奇心について」
数年前から、学修成果の把握ということが大学に課された課題となっています。しかし、そもそも学習とは何かということを解明する必要があるでしょう。
人間の脳神経の網の目(ニューラルネットワーク)には、脳内の部位で役割分担があり、信号が行き来しているようです。神経細胞の結合点(シナプス)では、信号を受け取る側の神経細胞を興奮させたり抑制させたりして働きます。抑制性の神経の働きというと、興奮を抑えて怒りを鎮め、逆に働きすぎると抑うつ状態になるなど、大雑把にとらえられがちですが、実は注意の抑制という働きが「学習」には不可欠のようです。
近年発展が著しい生成AIに代表される人工ニューラルネットワークは、仮想的なシナプス(結節点、ノード)を含む多くの階層構造を持ちます。各ノードにおいて伝達強度が重み付けされ、神経伝達の「促進」と「抑制」に対応します。多量のデータを一度に学習するときには、もっともありがちな結果をだせるよう統計的に重みを最適化していきます。重みは、パラメータとも呼びます。各階層に、人間の脳のように役割分担があるのかどうかは、よくわかりません。
さて、今年のノーベル賞では、物理学賞および化学賞で人工知能 (AI) の研究者が受賞しました。物理学賞では、人工知能の基本的原理の発見に対してです。プリンストン大のジョン?ホップフィールド教授は、磁性材料において原子のスピンという値が、磁力の影響下で上向きになるか、下向きになるかというという問題を扱いました。エネルギーが最低となる状態で原子スピンのパターンを保存すると、あとで似た条件を提示することで、もとのパターンを再現できることを示しました。連想記憶と言います。トロント大のジェフリー?ヒントン教授は、絶対零度ではない状態での原子スピンを想定しました。この場合、熱エネルギーによる揺らぎ(ノイズ)があり、スピンの逆転が起きるようで、ボルツマンの統計力学に従います。ノイズはニューラルネットワークの働きに必要であることを示し、さらに「隠れた階層」の導入によって訓練速度を向上させました。
これらの成果は、異分野の融合によって成し遂げられています。といっても、各分野の専門家同士が連携した融合ではなく、個人の中での融合です。ホップフィールド教授は、「理論物理学、遺伝学、神経科学」の人で、ヒントン教授は、「コンピュータ科学、認知心理学」の人です。個々の研究者の好奇心が、分野を越えて成し遂げた偉業といえます。ヒントン教授は、人間社会における生成AIの安全性確保について、その重要性を主張しています。化学賞については、また次回。
2024年11月14日
人間の脳神経の網の目(ニューラルネットワーク)には、脳内の部位で役割分担があり、信号が行き来しているようです。神経細胞の結合点(シナプス)では、信号を受け取る側の神経細胞を興奮させたり抑制させたりして働きます。抑制性の神経の働きというと、興奮を抑えて怒りを鎮め、逆に働きすぎると抑うつ状態になるなど、大雑把にとらえられがちですが、実は注意の抑制という働きが「学習」には不可欠のようです。
近年発展が著しい生成AIに代表される人工ニューラルネットワークは、仮想的なシナプス(結節点、ノード)を含む多くの階層構造を持ちます。各ノードにおいて伝達強度が重み付けされ、神経伝達の「促進」と「抑制」に対応します。多量のデータを一度に学習するときには、もっともありがちな結果をだせるよう統計的に重みを最適化していきます。重みは、パラメータとも呼びます。各階層に、人間の脳のように役割分担があるのかどうかは、よくわかりません。
さて、今年のノーベル賞では、物理学賞および化学賞で人工知能 (AI) の研究者が受賞しました。物理学賞では、人工知能の基本的原理の発見に対してです。プリンストン大のジョン?ホップフィールド教授は、磁性材料において原子のスピンという値が、磁力の影響下で上向きになるか、下向きになるかというという問題を扱いました。エネルギーが最低となる状態で原子スピンのパターンを保存すると、あとで似た条件を提示することで、もとのパターンを再現できることを示しました。連想記憶と言います。トロント大のジェフリー?ヒントン教授は、絶対零度ではない状態での原子スピンを想定しました。この場合、熱エネルギーによる揺らぎ(ノイズ)があり、スピンの逆転が起きるようで、ボルツマンの統計力学に従います。ノイズはニューラルネットワークの働きに必要であることを示し、さらに「隠れた階層」の導入によって訓練速度を向上させました。
これらの成果は、異分野の融合によって成し遂げられています。といっても、各分野の専門家同士が連携した融合ではなく、個人の中での融合です。ホップフィールド教授は、「理論物理学、遺伝学、神経科学」の人で、ヒントン教授は、「コンピュータ科学、認知心理学」の人です。個々の研究者の好奇心が、分野を越えて成し遂げた偉業といえます。ヒントン教授は、人間社会における生成AIの安全性確保について、その重要性を主張しています。化学賞については、また次回。
2024年11月14日